個性

日本の独特的なものと思うが
「みんなと一緒になる」ことが美徳とされる、
「韓国」「アメリカ」などと違った
島国根性」というか、特質がある。


「異質」を感じたら「村八分」。


そんな考え方は、実はなんと江戸時代からの
教育にあったらしい。
日本史の五人組(ごにんぐみ)と言って
領主の命令により組織された隣保制度。
武士の間にも軍事目的の五人組が作られたが、
百姓・町人のものが一般的で、
暴動など起こさせないため
一致団結させない組織化を図ったらしい。


なんとなく「愛国心」に欠けるのは
国旗を掲揚しないからでも
君が代」を歌わなくなったからでもない。
「人と違う者は排除しよう」という、
ひとつになれず、足の引っ張り合いを
そんな時から植えつけられたからじゃないでしょうか。


以前、日本の中学生の登校している姿を
アメリカ人の人が見て「まるで、ゴキブリ」と非難した。
完全にマッシュルーム髪型からソックス、靴まで
上から下まで「真っ黒」で全く同じ集団だった。


私が学校の教師として勤めた時も
「ポニーテールの高さ」スカートの長さはもちろん、
男の子のズボンのタックの数、強いては、靴など小物に及ぶまで
購入する店が決められていて
同じものを、みな身につけ手にしている公立の中学校もあった。
教育自体も
「なぜ、みんなと同じくなれないんだ!!」という叱咤で
子供たちは育てあげられて…。
それで大人になって
「一丸となって」とか
アイデンティティ持って」
「個性が大切」…だの。


ただ驚くのはちょっと前、「黒い集団」から一変して
「美しく」お化粧をして登校している高校生を見かけた。
まぁ、上手な化粧方法を学びたいくらいです。
そんな姿は「反動」のように
はたまた「さなぎから蝶」のように感じたのは
私だけでしょうか。


最近いろいろ変わりましたね。
そういえば、今はみんないい方々に囲まれて
どこに行っても過ごしやすくなりました。
どこに行っても「出る杭は…」と言われている私でしたが。
「変わり者」が増えれば、反対な世界になって
「普通の考えの者」が「村八分」になったりして…。


「私」という存在、「人」は世界にひとりしかいないです。
同じくなる必要はないし、
優劣つける必要も、比べる必要もない。
「価値」あるものとされ生かされているのですから。


とにかく!!
私の話じゃなくて、ベストセラー聖書に
「あなたは高価で尊い。私(神)はあなたを愛している。」と
はっきり書かれている、だからメゲズに歩んで行けるんです。