名曲

「あけまして…」と言ったのも束の間。
もう、最後の月ですね。
ところで、今頃は、クリスマスの曲が流れ、
人々はみんな「クリスチャンになったか」と錯覚するくらいです。


「天使にラブソングのJOYFUL JOYFUL」そう
「第九」歓喜の歌」、ベートゥヴェンの曲で
「名曲」中の「名曲」がございますよね。
これは「救い主が生まれるから、喜び、歓喜」なのです。
だから、12月に「第九」ヘンデルの「メサイヤ」が
あちらこちらから聴こえてくる訳です。


ところで、「名曲」について少しお話しましょう。


どんな「名曲」でも
楽譜のままでは「名曲」とは呼ばれないですよね。
必ず、「名曲」とした媒体した人がいるのです。


以前、「千の風」の秋川氏に対して
いろいろコメントさせて頂き、失礼いたしましたが
私は、「千の風」は秋川さんだからこそ売れた…と
思うのです。


「ゴスペル」の詩がどんなに良くても
どんな媒体か…つまり「どんな人が演奏したか」で
伝わるものが違うのです。


例えば「マーボー豆腐」!!


「マーボー豆腐」は同じ「豆腐」を使っても
料理をする人で「旨い」か「まずい」かが決まりますよね。
どんなに栄養の高い「豆腐」であっても…です。
ようは、その「豆腐」を生かすも殺すも
料理人の腕ひとつ…ということです。


同じように、演奏家
どう、その曲を料理するかが大切だと思うのです。
だから、
「ゴスペルだから、演奏者がどうであれ感動する」
なんてことはありえないんです。


だから演奏者のひとりとして
「美味しい」音楽を目指すのは当たり前。
「サプライズの料理」を目指しているのは、そんな訳です。


しかし、なんでいつも「食べ物」が例えなのか。
でも、わかり易いと思うのですが。