自我

「損得で動かない」そう言っても
正直、「損ばかりをかって出よう」という気には
なれないのも事実。


「自我に死ぬ」ということは
何をされても感じなくなること。


殴られたら、反対の頬をさし出せる生き方であり、
上着を取られたら、下着まで差し出せる生き方。
そうそう簡単に習得できる筈もない。


あの「神の人」とよばれたキャサリン・クールマンでさえ
「私は自我に100回死にました」と
1回では死ねなかった。
「もあMOREのひとりごと」(いのちのことば社)にも書きました。


私に限らず、生きている間、
実は人は、この「自我」と戦っているのでは…。