一生(1)

以前、友達との会話の中で
「それって、『神様がいる』前提で
話しをしている」と指摘されたことがあった。
(なるべくクリスチャン側ではなく、
一般の見解でブログなど書くようにしていますが)


聖書には「死ぬこと」「死んだ後裁かれる」
ことが記されている。
例外なく「死ぬこと」はすべての方がご存知だが
「死んだ後、裁かれる」ことより、
「死んですべてがおわり」と考える人が多いのだ…
と改めて知った。


今でも忘れられないのは
ろう者のお父さんの話しです。


ろうの彼女は、親戚の人たちが
倒れたお父さんを前に
遺産の話しをしていたことに気付いていた。
お父さんの容体がよくなり、
彼女がお父さんにごはんを食べさせている時、
「お前が生まれて本当に良かった」
と涙をこぼされた…。
それから時が流れ、
遺産の話しをされていた親戚の方々が
彼女のお父さんより先に
この世を去った…という笑えないお話です。


自殺でなくなった方…
もっと残酷なのは
自殺に追い込んだ方も
必ず「死」を迎える事です。


名声を得ても、
どんなに富んでも、
死んだ後、持っていけないなら
どんな生き方が良いのか
100年もない短い人生の中で
与えられている「人生」をどう生きるのか…。







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