一生(2)

昔、「人生ゲーム」があった。
ハッキリ記憶に残っている訳ではないので
ゴールが「最期」に設定されていたか…
思いだせない。


思い通りでなかった、失敗した…
いえ、「晴天の霹靂」だったとしても
後、どんな宝にかわるか、わからない。
耳に障害を持った子を授かった、
でも、「この子がいてくれて、よかった」
と涙を流す日が来る。


聖書にバラバという極悪人が
エス様の代わりに釈放される。
片や、イエス様の隣りの十字架で
罪を悔い改め、
「きょう、私(イエス)と共にパラダイスにいます」
と言われた名もない処刑者がいる。
彼は、イエス様と共に処刑された。


バラバが30年長く生き伸びれたとして
果たしてどうなのだろう。
永遠のパラダイスの方が…。
死後の世界…聖書を信じているからの
思いなのだろうか。


「なんの為に自分は生まれたのか」


すべては過程で
最期の思いがすべての「一生」の感想なら
「こんな筈じゃなかった」
「なんの為に自分は生きて来たのか」
というのが最期の言葉としたら…。


あるいは
感謝で包まれた言葉でしょうか。


その人の一生は
そこで決まる…と私は思うのです。


 


★このページにある宣伝は

私が出しているものではありません。

このブログをお借りしている

はてな」さんが出しているものです