神頼み

最近、男性の声で
「まぁいいか」
…という歌詞で有線から流れてくるのを耳にする。
「どうにかなる」
そんな言葉も大好きで自分を追い込むことが
なかなかできない。


でも、
努力を全くしなかった訳ではない。
考えてみると
逃げられないことだけは
懸命にもがいて、努力せざるを得なかった。


音楽に浸っていた時代、
恐怖のピアノ助教授の門下だった。
毎日、7時間くらいピアノを
練習していた時期もある。


「特別賛美」を頼まれ、毎週するため、
新曲をわずか1週間で仕上げ演奏した。
(「特別」という言葉によって
牧師が「簡単でいいよ」と言われたにも
かかわらず、難しいアレンジに挑戦した)
だから、毎日そのことでいっぱいで、
決して望んだことではなかったが
多くのレパートリーと「場馴れ」
を与えてくださった。
それが、今の私の音楽活動の原点となった。


「努力」とは思っていなかったが
イメージ通りの声を出すのに
いろいろ研究もした。


しかし…
優しい先生についていたら
果たしてそこまで練習しただろうか。
神様が声を与えてくださったからこそ
研究できたこと…。
初めから、音楽活動のためと
わかっていて、努力できただろうか。


環境も声も与えられたものであるなら
必要な「努力」も与えられる気がするのである。


「努力で築いてきた」という方には
きっと目にあまるかもしれないが…。


今、
「心は燃えているが肉体は弱い」
まさにそんな状態で前に進めない。
今の私に本当に必要なのは
「霊の飢え渇き」なのかもしれない。
「屈しないパッション」なのかもしれない。
どこ叩いても
私のウチからは出て来ない。


アブラハムが何回も祭壇を築き直したように
私も祈りの祭壇を築き直そうと思う。









★このページにある宣伝は

私が出しているものではありません。

このブログをお借りしている

はてな」さんが出しているものです